フィンランドの時計ファンも大興奮!ヘルシンキで行われたグランドセイコー60周年イベントに行ってきた!


去る1月31日、フィンランドの首都ヘルシンキのRautatalo(ラウタタロ)で日本の誇るグランドセイコーの60周年イベントが行われた。ご縁があって私も招待戴くことができたので、ここにその記録を記そうと思う。



もくじ

アルヴァ・アールト設計の会場
セイコースタイル:SBGJ201と44GS
祖父との思い出:SBGA211スノーフレーク
グランドセイコー60周年モデルSBGH281
フィンランドのグランドセイコーファンからの質問
生ドローイング、抽選会、60周年モデル
フィンランドのファン達が大いに楽しめたイベントに


アルヴァ・アールト設計の会場



会場となったのは、有名デパートStockmann(ストックマン)の向かいにあるRautataloはフィンランドの有名な建築家でデザイナー、Alvar Aalto(アルヴァ・アールト)設計で1955年築の建物。その2回にはMarmoripiha(マルモリピハ/大理石の庭)という開けたカフェ空間がある(建物内の中庭的な雰囲気だが、あくまでも名称は「庭」である)。ここには当初Artek(アルテック)が存在したことでも有名であるが、現在はArtekは隣の建物に移っており、Marmoripiha部分は昼のみ営業するランチカフェがある(残念なことに現在Marmoripihaはデンマークのアントチェアに支配されている。アールトとArtekの歴史があるにもかかわらずもったいない限りだ)。


Rautataloに入ってすぐの階段を上るとガラス張りの区切られた空間が目前に現れる。これがMarmoripihaだ。床と壁はアールトの好きな大理石で張られており、数回分の吹き抜け空間と、点状には(これもアールト建築の特徴である)天窓がある。普段Marmoripihaは大理石の色でモノクロームな雰囲気なのだが、今回は照明によりグランドセイコーのブランドカラーのブルーに照らされていた。


イベント開始前から、フィンランドの琴演奏者Minni Ilmonen氏による琴の演奏が行われており、その音色が会場に響く。

来場できるのはVIP招待券を持つ者だけで、Marmoripihaの入り口でこれを提示して、コートを預かってもらう。それとともに数字の書かれたクジと、トウヒでできたスパークリングワイン(アルコールフリー)を渡された。


会場左側には既存のグランドセイコーモデルが並んでいる。着用可能なものの他、グランドセイコーの歴史的なモデルの展示も。


こういう小さなタパス的な食べ物も。日本料理ではなくフィンランド的な食べ物ばかりだったが。


イベントが始まるとMinni Ilmonen氏の演奏と、(SEIKOのフィンランド代理店Perkkoのセールスマネージャーであり)SEIKOのフィンランド担当者であるJari Mantila氏の挨拶が。彼は実はノルディックスキー選手としてオリンピックのノルディック複合団体で2002年金メダル、1998年銀メダルを受賞しているというマルチタレントな方。

続いてドイツ・セイコーの方が挨拶。フィンランドもドイツ・セイコーの管轄下に入っているようだ。在フィンランド日本大使館とJetroの方の紹介もあった。

グランドセイコーの歴史が説明された後は、グランドセイコーデザイナーの久保進一郎氏がグランドセイコーのデザインに関するプレゼンテーションを行った。通訳を担当したのはフィンランド在住で自身もデザイナーである遠藤悦郎氏。


セイコースタイル:SBGJ201と44GS



一番印象に残っているモデルとして「SBGJ201」が挙げられた。これは、雫石高級時計工房の窓から見える岩手山の冬景色を文字盤に表現したモデル。そして、時計の精度で世界を驚かせたセイコーが、日本らしさを表現した「セイコースタイル」というデザイン文法を確立した1967年のグランドセイコー「44GS」を新たに蘇らせたモデルでもある。


この「セイコースタイル」のくだりはグランドセイコーのウェブサイトで詳しく紹介されているのでそちらをご覧戴くと良いだろう(プレゼンテーション中に出た画像もページ中のものの英語版だったし)。


デザインは平面か二次曲線から始め、極力多くの平面で構成、そして平面を極力歪みなく平らに作るという拘り。針やアワーマーカーは極めて平らに造られているため、(多面カットも相まって)僅かな光でもとても良く反射し、可視性が高いこともグランドセイコーの見所である。この部分はステージ上で絵を描きながらの説明であった。


44GSも職人の手によるザラツ研磨により日本的な(障子や屏風の生み出すような)光と闇のグラデーションが表現された。しかし人の手でやるからこそ失敗することもあり、ケース形状も職人泣かせのデザインとも言われた。CNCなどの技術が発達した今でもこのザラツ研磨手法は職人にしかできない、グランドセイコーの拘りでもある。


SBGJ201は自動巻きであり、精度の向上もあったりと、手巻き式であった44GSと比べ分厚くなった。これをなるべく薄くするため、薄く見せるためのケースの工夫もあった。平面的に考えられていたデザインを立体的に考えるなどの工夫だ。


ザラツのかけ方も、従来は横からかけていたのを、初めて斜め上からかけるという「コロンブスの卵」的な発想を効かせて立体的に処理がなされた。

様々な工夫もあり、50年前に確立された「セイコースタイル」は、2014年ジュネーブ時計グランプリGPHGで「Petite Aiguille」(小さい針賞)を見事受賞(SBGJ005)。時計のメッカであるスイスにセイコースタイルが認められた時だった。




祖父との思い出:SBGA211スノーフレーク


スノーフレークの相性で知られるSBGA211には個人的な思いが強いと語った久保氏。彼自身の祖父との思い出がきっかけとなったモデルだからだ。

祖父は苦労した強い人だった。一方幼い頃の久保氏は絵ばかり描いている子供だった。寒い冬でも家の暖かい部屋で絵を描いていたが、彼の祖父は外で遊んで欲しかったようだ。

綺麗な景色を見せるから付いてこいと祖父に言われたのだが、寒いのが嫌いな小学生時代の久保氏は行きたくなかった。しかし怖い祖父だから渋々付いていった。

久保氏の故郷は雪国で、雪なら家の近所でも見れるのだが、祖父は山の上へ上へと登っていった。何を聞いても答えてくれないまま、1時間ほど山道を一生懸命ついていった。

そして立ち止まって見せてくれたのが、荒々しい雪景色であった。降ったばかりの柔らかな雪ではなく、雪が凍って固まったような、ブリザードが吹いたような荒々しい雪景色であった。

この幼少期の記憶は大人になって暫くは忘れられていたのだが、塩尻の工場(信州 時の匠工房?)に通うようになり、現地の山の景色でこの思い出が蘇り、SBGA211に再現されるに至ったのだ。

いろんなことを経験して理解するようになって、そうしてはじめて判る美しさ。それがスノーフレークに映し出されている。

しかしこの雪景色を生み出すのには、白い塗料を使っては台無しになる。白い塗料を使うこと無しにこの景色を生み出すために、銀と光の乱反射によって雪のような文字盤が生み出されている。




グランドセイコー60周年モデルSBGH281



ヘルシンキでのイベント前日に発表されたばかりのグランドセイコー60周年記念も出るSBGH281に関しても話を聴くことができた。

これはシンプルな中に強い思いが込められたモデルで、グランドセイコーのブランドカラーであるロイヤルブルーが使われている。この色は特別モデルにのみ使用される色だ。

60年は日本では「還暦」にあたり、人の一生が完結する60年、そして新しい60年が始まる、という終わりであり、スタートでもある存在。

この新たなスタートの象徴は、情熱の色でもある赤として、時計の中で最も動く針である秒針に用いられている。

そしてグランドセイコーのマーク「GS」は登る日の出をイメージしたゴールドカラーに。サンレイダイヤルとなっているが、通常サンレイの中心は文字盤中心だが、ここでは太陽を象徴するGSマークの位置を中心としたサンレイダイヤルとなっている。


フィンランドのグランドセイコーファンからの質問



プレゼンテーションが終了して質疑応答の時間も設けられた。

Q:時計が形になるまでに掛かる期間はどれくらい?
A:短いもので1年、長いもので3年以上

Q:スプリングドライブモデルではパワーリザーブ針が中心からずらした位置にあり、シンメトリーを壊していると思うが?
A:大陸型デザインと日本型デザインの違い。日本では3:7など、シンメトリーを少し崩したものに美しさを感じるところがある。なのであえて7時位置に廃している。

Q:デザインに技術的な制約はどれだけあるのか、それともデザインを優先し技術を合わせるのか?
A:皆さんの想像以上に技術的な制約が大きい。時計のパーツは非常に小さく、加工に難易度が高いためデザインが難しい。例えば5面ダイヤモンドカットされた針。これは22/100mmの金属をダイヤモンドカットしている。金属なのでカットするには力が掛かり、普通にやると金属が曲がってしまう。一カットでも曲がるものを一部品に5カットも施すのは他では真似できないところでもある。

Q:デザインが完成したとどの時点で判るのか?
A:20年以上デザインしているが、時期によって異なる。最初の5年は試作品ができて「量産できるぞ」となったときが完成と感じていた。その後経験と知識が付いて「これはいいぞ」という瞬間が前倒しされてきた。今では絵が描けた瞬間「これいいぞ」と感じ、それが完成したとき。でも今は若い人のスーパーバイズをしているため自分で書くことが少なくなって残念。

Q:GMT24時間針がモデルによってマットであったり色がきらびやかだったりするのはなぜ?
A:デザイナーが時間の感じ方をどのように考えているか、客がどういった時間を過ごしたいか考えて、異なるものに。正確な時、情熱の時、などその考え方により違う。グランドセイコーのデザインは極端なデザインをすると「らしさ」がなくなってしまうのでその兼ね合いも難しい。

Q:ザラツ仕上げは造形を考えるときどんな影響が?
A:平面で考えるのはとても難しい。ザラツが綺麗に当たる面を考えるのは更に難しい。ザラツの得意な点は、捻って研磨することで光と影が再現できること。この制約を頭で加味しながら造形を作るのは難しいこと。先ほどの針の話もそうだが、それを加味した上でどういう造形にするか神経を注ぐ。

Q:どのような教育を受けて、セイコーではどのような経歴をお持ちか?
A:高校の時からアーティスト・陶芸家になりたいと。しかし日本だとそれでは食べていけない。なので多くの人は学校で教えながらそのような道を歩むが、自分は一つのことに集中したかった。そのため会社でデザイナーになると決意。なかでも時計に入ったのは、チームでデザインする車や家電と異なり、最初から最後までほぼ一人でデザインできるから。そこに強い魅力を感じ時計デザインに。それ目的でセイコーに入ったので入ってすぐにデザインを。今になって自分の最初のデザインを見ると笑っちゃう。時計デザインは沢山やると知識も付いて上達する。


生ドローイング、抽選会、60周年モデル



その後久保氏は会場前方で生ドローイングを開始、同時に会場では60周年モデルも触れるようになっていた。


くじ引き抽選会では、最初に受け取ったくじに書かれていた番号が読み上げられた番号と一致すると久保氏の描きたてほやほやの生ドローイングを貰えることに。招待客の女性に当選、とても嬉しそうであった。


60周年モデルに関しては結構人だかりができていたので写真を取り忘れてしまった(笑)。(やはり日本人として日本関連のイベントに出席できるのは喜ばしく思うと同時に、本来の対象である現地の人にこそ日本のものを楽しんでもらいたいと感じるので人だかりがあると躊躇してしまう。)


かろうじて60周年モデルのエレガンスコレクション レディスメカニカルモデルSTGK015は撮っていた。


フィンランドのファン達が大いに楽しめたイベントに



(写真はプレゼンテーションが終った直後、ステージ側から会場を眺めた様子。右側に人が集まっているのはそこで腕時計が展示・試着可能となっているから)

フィンランドの腕時計ファン、そしてセイコーファン達も多く来ていたこのイベント、私が話をした招待客は皆このイベントを楽しんだと話していた。フィンランドと日本は飛行機の直行便が出ているとは言え、そしてフィンランドでもSuomen Kultakelloがグランドセイコーの正規取り扱い店となってはいるので腕時計は手に入るとは言え、実際にグランドセイコーのデザイナーの話を聴き、質問までできるという機会はまず無い。わざわざフィンランドの時計愛好家達のために日本からグランドセイコーの方々が来てくれたという嬉しさも感じられた。ある招待客は「パワーリザーブが中心からずれた位置にある事に関してはファンの間でも気になる声が上がっていたこと。デザイナーから回答が聴けて良かった」とも話していた。

フィンランドには実はセイコーファンのFacebookグループがあり、招待客の少なくない割合がそのグループ参加者であるのも興味深いところだった。なので会場でも所有するグランドセイコーを着用して知り合いのメンバーと共に皆でwrist shot(時計を着用した手首を撮影すること)を撮ったりする人々も。


招待客の中にはグランドセイコーを所有しない者もいたが、その一方ではグランドセイコーを複数本持っているファンも少なからずいたようだ。あるファンは60周年記念モデルに関しては「実物はやっぱり綺麗だけど、赤い秒針も素敵だけど、でももうグランドセイコーの青文字盤のモデル持ってるし、ハイビートムーブメントのも持ってるから今回はパス。別に買いたいグランドセイコーモデルがあるからお金貯めているところだし」とも語っていた。一方別のファンは、「前から気になってたけど、今回の話を聴いてやっぱりデザイナーの個人的な思いも強いスノーフレークが買いたくなった」とも語っていた。

グランドセイコーのデザイン文法、モデルのコンセプト、客を想定した要素…など時計をデザインするデザイナーの視点も多く聞くことができた今回だが、コアなファンになると「この色、このムーブメントは持っているから買わない」という考え方も出てくるあたり、腕時計を作(り売)るのはやはり多面的な難しさが存在するようだ。


日本もフィンランドも正確性や技術を重んじるところがある。それもあって他国のマーケティング力で売る高級時計ブランドなどと比べて、長く培ってきた知識と技術により正確で、そして美しい時計を生み出す日本のセイコー、そしてその一つ上のレベルのグランドセイコーがフィンランドの腕時計ファン達に愛されている。これはフィンランドの腕時計ファンと会話すれば必然的に聞くこととなる内容であり、ある意味ブランドという表面性よりもその下に隠れる実用性を求める国民性の表れであろう。

なおヘルシンキでのイベントの前日はドイツで同イベントが行われ、今後欧州各地で同イベントが行われるそうだ。グランドセイコーの皆さんタイトなスケジュールでお疲れを出されませんように。


Source: グランドセイコー

(abcxyz)

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