機械式ダブルテンプ・ムーンフェイズ・カレンダーが4万円以下!?SOVRYGN Watches提供レビュー


今回はカナダSOVRYGN Watches現在Kickstarterでキャンペーン中の腕時計をレビューしよう。

自動巻き機械式ムーブメントを採用し、安価でありながらもダブルテンプ、ムーンフェイズ*、そしてカレンダーを搭載した驚きの時計だ。
*後述



SOVRYGN Watches




SOVRYGN Watches。同社の名前、SOVRYGNは、「主権」とか「君主」といった意味の「SOVEREIGN」からとられている。

提供いただいたのはローズゴールド色のケースに青い文字盤のものと、シルバー色ケースに黒文字盤のモデル。


ケース



風防はドーム状でサファイアクリスタル製。316Lステンレススチール製のケース径は39mm、厚は12mm。大きすぎも、分厚すぎもしないサイズ。だがここに多数のコンプリケーションが詰まっていると考えればなかなか悪くない大きさだと言えるかもしれない。


ケース側面から見ると、風防脇は二段の傾斜がある。真上から見るとケース部は艶があるが、ケース中部側面は縦方向にヘアライン仕上げ。


竜頭はコインエッジ。頭頂部は僅かに膨らみを帯びている。竜頭周囲にそこまで大きな窪みがないため少々つまみにくい。竜頭の横には日付送りプッシャー。プッシャーの色はシルバー。


竜頭とは反対側の側面にはムーンフェイズ用のプッシャーがある。


裏蓋はシースルーバックとなっている。シースルー部の外側は艶のあるシルバー色で、蓋はねじ込み式。オール・ステンレススチール、自動式、の表記の他、シリアルナンバーもシルバー部に刻印されている。


Image via Kickstarter

なお、ちなみにカラーバリエーションはこちらの通り。


ムーブメント



たいてい腕時計レビューではケースの項目で使用ムーブメントについてさらりと紹介して終わるが、殊にこの腕時計に関してはムーブメントに関して語らずして終ることはできないだろう。

複数の複雑機構を併せ持つこの腕時計のムーブメントが何であるか、時計愛好家であれば知りたいと思うだろう。SOVRYGN Watchesの使用するムーブメントはShanghai Jinghe Industrialの「JHLS-15」だ。


このムーブメントに関しての情報はそう多くないが、ダブルテンプ、ムーンフェイズ、カレンダーを持つムーブメントで、JHLSのムーブメントの中には他にもダブルテンプを持つムーブメントが存在する(例えば後にチラリと名前を出すJHLS-02はダブルテンプ以外の複雑機構はついていない)。


image courtesy of SOVRYGN Watches

SOVRYGN WatchesによればJHLS-15には「安定」しているもの(写真右)と「不安定」なもの(写真左)、この2つのバージョンが存在し、同社が採用するのは安定しているもの(ただ写真を見る限り別ムーブメントに見えなくもないが…)。Kickstarterコメント欄でSOVRYGN Watchesが語るところによれば、パワーリザーブは36時間で、日差は+/-10秒とのこと。


目玉のダブルテンプに関しては、時計として稼働するのには両方のテンプが必要というわけでは無く、針を動かしているのは右のテンプ。上の写真は右のテンプしか動いていない状態。左側は静止しているのがお分かりのことと思う。


左右の香箱車内に収められたヒゲゼンマイが巻き上げられ、その力が徐々に解放されていくことで左右のテンプが動く。共通の丸穴車(写真で竜頭横からつなる四つの歯車のうち、右から二番目)により角穴車(丸穴車の両隣)/香箱車が回されるため、竜頭を回すにせよ手首の動きによりローターが回るにせよ、左右の香箱車は同じ歩合で巻き上がるはずなのだが、なぜだか右が先に動き出す。これは提供サンプルの両方で確認できた。

手首につけたまま就寝し、朝9時頃起きてみると左のテンプだけ動いており、右テンプは止まり針は同日7時半を指していることもあった。ヒゲゼンマイが左右で異なるのだろうか?


裏から見る内部構造もキレイめ。何も文字情報は記されておらず、地板の一部とローターにはコート・ド・ジュネーブ仕上げがなされている。

裏蓋側から見てローターが時計回り回転すると巻き上げられる。時計回りに竜頭を回すことで巻き上げることも可能。手巻きにせよローターの回転にせよ、二つのゼンマイを巻き上げるのだからさぞかし重いのだろうと思いきや、以外と巻き上げに力が掛からず驚いた。竜頭は(SII NH35などの「チリチリチリ」といった歯車を壊しそうな巻き上げでは無く)「カリカリカリ」といった安定感のある巻き上げ。裏蓋側から見れば巻き上げ時の歯車の動きも楽しめる。


ダブルテンプのレゾナンス?



このようなダブルテンプ採用のムーブメントの中には、テンプを近い位置に配置することで、共振によりその動きを同期させ、それにより精度を上げることを謳う「レゾナンス」機能を持つ腕時計もでている。複数のテンプを持つ腕時計の中には、このように共振するものとは別に、二つのテンプの振動数の平均をディファレンシャルギアを使い求めるというMB&FのLegacy Machine N°2 Titaniumのようなものもある。

暫く前にKickstarterでキャンペーンを行っていた時計のドキュメンタリープロジェクト『Keeper of Time』のキャンペーンアップデートでは、F.P. JourneのChronometre a Resonanceに関する2分ほどのクリップを見ることが出来る。ここではそれがどのように起こるか謎の、腕時計の魔法、というような説明がなされているが、それは言い過ぎであろう。

Watch Media OnlineのCC Fan氏による記事「アーミン・シュトローム 物理現象としてのレゾナンス(共振)について」では、東京理科大学 池口研究室の動画を交えてわかりやすくその仕組みが解説されている。そこでは糸でつるされた台の上に載った複数個のメトロノームが、次第にその動きを同期させる様子などを見ることが出来る。メトロノームのエネルギーが台を通じてやりとりされ、共振によりメトロノームの動きが同期されるとのこと。また、同記事ではArmin Stromのレゾナンスシリーズの共振に関しても解説されており、そちらの腕時計に関しては、エネルギーのやりとりをするためのレゾナンス・クラッチ・スプリング部分(メトロノームの例で言うところの宙づりの台)により共振しやすく設計されている。

watchuseek watchforumのスレッド「Dual open heart watch - how does this work?」でのWilliam Ho氏の投稿によると、今回レビューしている時計に用いられているJHLS-15(もしくはJHLS-02)では左側のテンプはスモールセコンド用の歯車に繋がっているというが、氏の投稿のムーブメントでも、同ムーブメント採用の他の時計にも、そしてこのSOVRYGNの時計にも、その部分にスモールセコンドはつけられていない。つまり左側のテンプは目に見える機能は有さない。

しかしこのスレッド中では、自称物理学者のTurbo-Tom氏によりJHLS-15の共振の可能性が語られている。Turbo-Tom氏は、二つのテンプの間に銅色の部品が存在し、それがテンプ可動部にとても近い(空気力学で言うところの)境界層部分にまで伸びている点、そしてテンプ間の地板部分にそれが取り付けられており、調節可能に見えるシャフト部分が存在することを示している。そしてこれらの点は今回のレビューサンプルに確認できた。


(写真で両青ねじ脇から突き出す銅色の突起)


(写真中央付近が一見調節可能に見えるシャフト)

また、氏の腕時計のテンプは9割方、共振状態か反共振の状態にあるとしており、それ以外の状態にあるときに観察していると、1分しないうちにどちらかの安定状態に移行するという。同氏はこのテンプ間の部材によりエネルギーが伝わり共振が起きているのではと考えている。

このほかにTurbo-Tom氏は、テンプの動きが互いにずれてくる際にはハム音が発生し、ズレが大きくなる際にはハム音が大きくなるとしている。また、堅い表面に時計を置くと反共振、柔らかい表面や腕に置くと共振するともしている。

私は専門知識は持ち合わせていないのでこのSOVRYGN Watchesの腕時計がレゾナンス効果を発生させることにより益を得ているかは断言しないが(そしてSOVRYGN Watchesはこの時計が共振するとは宣伝していない)、観察する限りは確かに一定の傾きにおいて暫く置くと、ある程度両方のテンプの動きは同調するようにも見える。


文字盤



文字盤は細やかなディテールが存在すると共に、インデックスの下に位置する部分は滑らかな仕上げで上品さもある。各時のインデックスはケースと同色のローマ数字のものが9時から3時まである。これの外周には分刻みのレイルウェイ目盛りが存在する。このレイルウェイ目盛りの各時部分は太くなっており、蓄光仕上げとなっている。


針は時分秒針で、時分針はアルファ針型で中が蓄光。秒針は後部が矛先型となっている。


蓄光させるとこんな感じ。


12時位置には、この腕時計の目玉の一つでもあるムーンフェイズとカレンダーがついている。カレンダーは矢印状の針で日付を指し示すタイプ。針の色は時計ケースと同色で、針先のみが赤く塗られている。また、カレンダーもムーンフェイズも夜中を過ぎたあたりに自動で送られる。

腕時計愛好家の方であればご存じの通り、ムーンフェイズは月の満ち欠けを表示するための複雑機構。一般的なものでは、両端に月が記された円形のダイヤルが、月の満ち欠け周期(29.530~日)の近似値を29.5日として、その倍数である59日でディスクが1周するという仕組みとなっている。(ただし、BEHRENS ORIGINALの記事でも記した通り、これと異なる方法で月の満ち欠けを示す時計もある。)


残念なのはムーンフェイズの表示窓。御覧の通り。月が完全に隠れる前にもう一方の月が見えてしまうのだ。意図的にムーンフェイズダイヤルの二つの月両方を見せようとする場合は別として、ムーンフェイズ部分に一度に表示される月の数は一つであるべきだ。この表示窓は、窓の開口部が開きすぎているため、もしくはムーンフェイズダイヤルの月が窓の大きさに対して大きすぎるため、月が見えないはずの「朔」(「新月」とも。英語ではnew moon)が再現できず、「朔」前後には二つの月が見えてしまう。このため、正確な月齢が表示できるのは満月の時のみだ。

ムーンフェイズプッシャーを押して確認したところ、確かに59回でディスクが一周した。つまりムーンフェイズ機構としてはきちんと作動できるものであるということ。それだけに文字盤面のデザインによってこれが台無しになっているというのは非常にもったいない。


そして4時と5時の間と、7時と8時の間の部分には先に紹介した二つのテンプが。どちらもインカブロックのルビーが美しい。


この耐震軸受けはツインブリッジにより文字盤側に止められている。文字盤のテンプ外周はケースと同色の艶のある縁取りがある。なぜだかこの縁取り部分には目盛りがある。テンプの上には、45石オートマチック、耐水30mの表記も。


そして文字盤中心部より2時方向にはSOVRYGN Watchesのロゴが印されている。


ストラップ



ストラップ幅は20mm。牛本革に鰐皮風の竹斑が型押しされたもの。


ブラウンのストラップのほうが色に濃淡が出ているためか、ブラックのものよりもブラウンのストラップの方が鰐皮風型押しの質感が良い。

観音開き式のDバックルとなっているため、腕時計脱着時に時計を落としずらく、ストラップを痛めづらい。


バックル部もケースと同色の艶あり仕上げで、閉じたときに外側に見える部分にはロゴが刻印されている。


まとめ



ここまで豪華な複雑機構を詰め込んで、予想小売価格はわずかに442カナダドル(記事執筆時レートで約3.7万円)。Kickstarterキャンペーンではその40%オフである265カナダドル(約2.2万円)で提供されている。

ある意味できすぎた話、とも言えるだろう。そして、できすぎた話にはつきものの「ウラ」は、この場合ムーンフェイズ表示機能の不完全さだ。

また、中国系のウェブショップでは、ほぼ同様の腕時計がより安価に販売されているのも事実である。その一方で、Kickstarterキャンペーンの中には、実際には他国の企業が北米やヨーロッパで主催されているキャンペーンだと偽るものもあるが、SOVRYGN Watchesに関しては確かにキャンペーン情報通りカナダをベースにしたキャンペーンであり、事実製品もカナダから配送された。また、Kickstarterキャンペーンページには記されていないものの、SOVRYGN Watchesは2年の保証がついていると私に語っている。怪しげな値段で売られている謎の腕時計とは異なるという安心感と、この保証による安心感も加わった値段と言っても良いかもしれない。

ムーブメントに関しては、ムーンフェイズ機構は機能するだけにこのデザインの詰めの甘さはもったいない。逆説的に、この中途半端さが値の安さの理由であると考えることもできるだろう。一方、ダブルテンプ部分に関しては宣伝されてもいないレゾナンスについて長々と書いてしまったが、これは腕時計が好きな方にとっても、機械が好きな方にとっても、精度への影響はどうであれ「楽しめる」機構だ。Turbo-Tom氏も指摘するように、精度がほどほどの機構を二つ同調させるよりも、精度が優れた機構が一つあった方がパフォーマンスは勝る。その言葉の通り、精度を求めるなら別の時計を買った方が良いだろう。

しかし、腕時計の中のレゾナンス(が発生しているかどうか)を観察したいという方、そして一つならず二つものテンプが動き見えるという装飾的要素に心揺れる方、一つの丸穴車が二つのゼンマイを巻き上げて二つのテンプを動かす…と言うところに浪漫を見いだせる方にはおすすめできる腕時計だ。加えて言うなれば、腕時計を分解したり修理・改造するのが好きという方にとっても、安価に弄れる機械式の複雑機構という意味で良いかもしれない。




Source: Kickstarter, SOVRYGN Watches, watchuseek watchforum 「Dual open heart watch - how does this work?」, Watch Media Online 「アーミン・シュトローム 物理現象としてのレゾナンス(共振)について」

(abcxyz)

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